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5.Take the A Train(A列車で行こう)

 毎度のことながら、今回のNYでも良く地下鉄を利用した。乗車料金はどこまで乗っても$1.5と安く、道が混んでいようと関係ないという気楽さ、さらに駅への降り口は街のいたるところにある便利さに味をしめると、なかなかあのイエローキャブに挙手しようという気にはならない。
 タクシーの運転手はアラブやインド系、韓国や中国系の人が多く、時々言葉が通じないことがある。チップも渡さなければならないし面倒だが、夜中に移動する場合などには安全面からタクシーを使うほうが良いだろう。
 しかし最近では、マンハッタンの街は夜でも安全なところが増えているので、なおさら地下鉄はタクシーよりも多くの人に利用され、駅の構内は賑やかになっている気がする。
今回の宿は、ハーレムにほど近い96丁目のホテル。したがって、毎日乗り降りする地下鉄の車両内は圧倒的に黒人が多かった。
毎朝ホテルを出ると、Aトレインを始めとするダウンタウン行きの車両に飛び乗って街を南北に行き来する。トークンというコインが1回分のチケットになるが、頻繁に乗る場合、メトロ・カードというプリペイドの乗車券を購入する。カードにも色々種類があり、9日間乗り放題の格安カードもある。短い滞在なので、4ドルで1日中乗れるFUN PASSというカードに決め、毎朝駅の自販機でインストラクションに従って買うのも息子の仕事だ。家でもそうだが、たいていのコンピューター製品は説明書を読むより子供に聞いたほうが早い。今の子供はパソコンやゲームと共に育っているのだ。
 久しぶりに訪ねたNYの地下鉄事情は、少々以前とは変わっていた。テロ事件以降、閉鎖された駅や通行止めのラインなどがあり、その後再開したものとそうでないものなど色々あって、街歩きには欠かせない地下鉄マップをチェックしても、日によって状況が変わっていたりする。
 日曜日の夕方、息子の行きたい所リストのトップにある世界貿易センタービル跡地、グラウンド・ゼロに向かった。降りるべき駅に近づくと車内アナウンスに聞き耳をたてる。やっぱり閉鎖だ。1つあとの駅で降り、歩くことにする。
現場周辺は、休日のビジネス街とあってとても静かだったが、跡地を囲むフェンスのまわりは人だかりでぎっしりとしていた。しかし、人々もまた、静かであった。
石碑に刻まれた、命を落とした人々の名前を静かに追う人。1970年から2001年9月まで威風堂々そびえていたツインタワーの歴史を、何枚もの展示パネルで読む人。ただぼんやりと、いつのまにか暗くなった空の下、スタジアムのように照らしだされた平坦な跡地をながめる人。
息子もフェンスに顔をつけて、中に供えられた花や風船、"Never Forget"の横断幕などを静かに見つめている。
恐らくフェンスの周りをそぞろ歩いていた人々の脳裏に去来した思いは、ほぼ同じことだったにちがいない。命のこと。平和のこと。―ここは戦跡だ。
グラウンド・ゼロではやがて、賛否両論の中度重なる設計コンペを通過した案による、ツインタワーよりさらに豪壮なタワー建設が始まるのだろう。どうか、メモリアルの側面が軽んじられることのないように祈りたい。

帰途、程よく混んだAトレインに揺られながらふと、石碑に刻まれた人の中にも毎日この車両で家路につく人もいただろうなと考えた。
96丁目で降立つと、外はいっそう凍りつくような寒さになっていた。空を仰ぐと、雪がちらちら降ってきた。「雪だ、雪だ」と、おかしいほど無邪気にはしゃぐ息子を見ていると、だんだん気持ちがホカホカ暖かくなってきた。
息子と2人、雪で帽子や肩が真っ白になるまでそのまま外に立っていた。
 
 

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