NYレポートTOP


3.冬の画廊街は大にぎわい

 こんな季節に画廊になど足を運ぶ人が居るはずがない。―真冬のNYの凍てつく空気の中、とんでもない時期に展示会参加することになったことを半ば呪いながらチェルシー地区の画廊に向かった。画廊街は、すぐそばのハドソン川からの突風が吹きすさび、絶望的な寒さだった。
 ところが、角を曲がってメインストリートに出ると、なんとぞろぞろと結構な人出でにぎわっている。しかも多くの大手画廊が、ビッグアーティストの企画展で沸いていた。ロバートミラー画廊の草間弥生展では新作インスタレーションが話題になっており、人数制限のあるビデオアートのブースには、画廊の入り口まで長蛇の列ができている。レストランでもどこでも、アメリカ人は本当に根気強く並んでいる。
 ペース・ウィルデンスタイン画廊では、巨大なセルフポートレートで有名な巨匠、チャック・クロースの個展がひらかれ、オープニングでもないのに画廊内は混み合っている。色彩のマジックのような神業による驚くべき作品を間近に見て、同行の、アートにはあまり興味のないはずの息子もたちまちその世界に惹き込まれていった。同じアーティストによる写真のブースに入っていくと、なんと目の前に、チャック・クロース本人が居るではないか!一瞬目を疑ったが、映画にも時々登場する、ひげをたくわえた恰幅の良い車椅子の紳士はまぎれもなく本人だ。ただちに受付で作品集を買い、サインをしてもらったのは言うまでもない。こういう場面になると、空港でボブ・サップのサインをもらい損ねたと舌打ちしていた息子と次元はそう変わらない。
 思いがけずゲットしたお宝を、あちこち回ってすっかり重くなった他の荷物と一緒に息子に持たせ次々と画廊を巡りながら「This is so New York!!」と奇跡の街を実感する。

 さて、一番の目的は自分の作品の掛かるグループ展のオープニングレセプションである。会場に着くと、送った作品4点が、白い壁に並んでいる。人ごみをかき分けオーナーと挨拶をかわし、飲み物を手に他のアーティストやお客とのおしゃべり大会のはじまりだ。さっきまで荷役だった息子は、今度はカメラマンに変身だ。大人ばかり、しかも色々な国のアーティストの中で、息子はきちんとした態度で精一杯礼儀正しくしていた。おまけにちゃんと名乗って「nice to meet you」などと挨拶までしている。
 パーティーの間中、母はワイン片手にのどが枯れるまでしゃべりまくり、訪ねてきてくれた友人と抱擁し、お客に作品を説明するのに忙しい。その様子や展示作品、ギャラリーの中などを写真に撮るのが彼の仕事だった。あとで聞くと、興味のないところに居合わせたときに必ず起こる軽い下痢症状で、時々席をはずしていたらしい。たいした事はない。試験前に部屋で勉強しなければならないときなどによく起こる症状だ。

 パーティーを楽しんで外に出る頃には、心身が温まってすっかり寒さを忘れていた。帰り道、ピザと同様どこもおいしいNYのサンドイッチ屋で温かいチキンサンドを食べていたら、息子のそばに小銭を求めて物乞いが近づいてきた。   画廊で愛想良くつとめた息子も、こればかりは「nice to meet you」というわけにはいかず、じっとしていたら物乞いは席から席へと移動した挙句、悪態をつきながら店のごみバケツから巨大な袋をはずして持っていった。店の主も、ごみ捨ての手間がはぶけて助かるとばかり、袋をはずすのを手伝っていた。NYではごみ箱の中にほぼ原型をとどめた残量の食べ物が捨てられていたりするので、ホームレスもなんだか幸せそうだというのが息子の感想だ。
 
とにかく人種はもちろん、あらゆる暮らしぶりの人と接した長い1日だった。

 前ページ↑  ↓次ページ