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 2. 14才―男の子のプライド

NYの空気を吸いに行く程度の短い旅だが、ぜひ行きたいところとその理由をピックアップするように息子に申し渡した。また、ドルの計算をおぼえることと、小さなノートを与え、日記を書くことも義務づけた。
息子が厳選したスポットは、自由の女神、エンパイアステートビル、アメリカ自然史博物館と、めまいがしそうな観光名所オンパレードであった。頭の中で、計画していたブルックリン美術館の特別展が遠のくのを感じつつも、行きたい理由を何がしか明確に述べてはいたので、希望どおり回ることにした。
息子の英語はいつも惨憺たる成績だが、実際の会話となるとなんとか話したいらしく、国際線のパーサーに自分で飲み物を注文したり話かけたり、早速努力していた。パーサーは日本語が話せるようだったが、息子に付き合って、席のそばを通る度に何かと英語で声をかけてくれた。

 さて、マンハッタンの地を踏んだ瞬間から、実に様々な顔と肌の色、服装、言葉がひしめき合う混沌の世界に、息子は大いに感激したようだ。何につけ日本の中学生の間での流行は全国どこへ行ってもほぼ同じだが、NYでは中学生のカテゴリーがもっと複雑に細分化される。人種、宗教、居住地、家庭環境、学校環境などなど。
 トライベッカで入った小さな家族経営のピザ屋で、息子と同じような年齢のメキシコ系移民の男の子が、上手に野菜の仕込みをしていたり、チャイナタウンの商店街ではやはり中学生くらいの子が大きな荷物を運んだりしている。
一方博物館などへ行くと、興味ある展示を熱心に見たり、ノートに書き込んだりする学生がたくさんいる。いずれもたいてい一人で行動していて、意思の強さと自分に対する自信みたいなものがみなぎり、なんとも生き生きとしているのだ。目的と行為そのものに意義があり、自分を飾る流行の服装やアクセサリーなど全く必要としないほどの輝きに満ちている。実際、学生の服装は古着や安い服などNYではいたってシンプルなものが多い 。
 幼い頃から商売に興味を示していた息子は、現在私との契約で登校前に「
洗濯」のバイトを続けているが、そんな目先のことより大きな将来の目標設定のヒントを、今回NYのいたるところで目の当たりにしたようだ。「一人で行動すること」「自分だけの目標をもつこと」の意義を、少しでも考えるきっかけになれば上出来である。

 機内で練習した成果を試そうと、買い物や食事で早速息子に注文をさせてみる。これがまた大変で、人種によって英語の発音が違ったりするので、息子はその度に大混乱におちいる。が、何でも勉強と私はすかさず隠れたりして、まるでわが子を自立させるために崖から突き落とす野生動物になった気分だ。
 あるとき、ファーストフード店で私がトイレから出ると、息子が席で、カリブ系らしい長身の黒人の店員と向かい合って何かもめている。隣の席では食事に立ち寄った警察官が銃をテーブル上に置いたままのんきにホットドッグなど食べている。とんでもないシチュエーションになったと思いあわてて店員に尋ねると、何のことはない。テーブルの上のトレイを下げても良いかと、息子に聞いていただけのことだった。
それがまた、私でもちょっと聞き取れないような、訛りのある英語なのだ。私に助けも求めずに店員と4つに組んでがんばった息子には、それなりにプライドがあったようだが、言葉が通じないことの恐怖と不便さを身をもって体験し、英語をおぼえたいと初めて強く思ったようだ。

          

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